気づきにくい 確認済 年配・改まった場では気にする
クエーカー(キリスト友会)・イギリス・アメリカ合衆国
クエーカー(キリスト友会)の礼拝に初めて出て、長い沈黙を「まだ始まっていない」と受け取って私語や携帯を始める、または誰かが立って話したあとに拍手・相槌・反論をする。
- なぜ — そのほかの理由
- 英国クエーカーの説明では、礼拝は約1時間、静けさの中で「心と人生を新しい気づきと導きに開く」ためのもので、沈黙そのものが礼拝の中身であって前置きではない。導く人はおらず、「誰でもミニストリー(語り)をすることができ、それは訪問者も同じ」とされる。語られた言葉は議論の対象ではなく、それぞれが自分にとっての意味を聴き取るものとして受け止められる。礼拝は2人のクエーカーが握手を交わすことで終わり、それを合図に全員が握手する。
- やってしまったら・言いかえ
- 沈黙のあいだはただ座っていればよく、何もしないことが正しい参加のしかた。席は自由で、特別な席や指定席はない。疑問は礼拝が終わってから、その場にいる人に尋ねればよい。
- 補足
- ここで書いたのは英国や米国東部に多い「待つ礼拝(unprogrammed)」の形。米国中西部やアフリカ・ラテンアメリカのクエーカーには牧師と説教のある「プログラム式」の集会も多く、その場合は普通のプロテスタントの礼拝に近い。